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東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1828号 判決 1973年5月14日

理由

一  請求原因事実はすべて当事者間に争いがないから、控訴人の抗弁について次に判断する。

二  融通手形の抗弁について

本件各手形は控訴人主張のとおり控訴人から訴外株式会社椿商店ほか四名に裏書譲渡されたことは当事者間に争いがないところ、控訴人は右訴外人ら五名に金融を得させる目的で控訴人は振出人、裏書人としての遡求義務を負担せず、かつ、満期前に返還を受ける約束で譲渡したと主張するので、まず、本件各手形が右のように裏書譲渡されるに至つた経過について検討する。

《証拠》を総合すると次の事実を認めることができる。即ち、訴外有限会社山義が倒産したのでその債権者らは昭和四二年一一月一五日いわゆる内整理のために会合し債権者集会を開き、被控訴人も前記椿商店の代表者として出席した。そして、出席債権者一五名は右山義の事実上の主宰者山下満から事情の説明をきいた上山義の在庫品や売掛金の「全面買取人」を探して債権の回収をはかることが決議された。

次いで同月一八日被控訴人ら一五名の債権者らが出席して第二回債権者会議が開かれ、山義の作成した貸借対照表を検討し、第二会社を設立し営業を継続し売掛金を回収すれば一二〇〇万円位の債権支払資金が得られるのではないかという債権者の一人の提案に従い、債権者の一人大谷健蔵と山下満が控訴人に第二会社の設立運営を引受けて貰うよう交渉することとなつた。

そこで、大谷と山下満は同月一九日控訴人にその旨の交渉をしたところ、控訴人は山下満らに在庫品処分等によつて得られる金額を再検討させ債権者に対する支払は一割にするということであれば引受けると右山下に回答したので、債権者委員会の議を経て、同月二四日第三回債権者会議が開かれた。そして、椿商店ら出席債権者は債権の九割を切捨て、残余の一割は山義の在庫品売掛金を処分することにより得られる資金によつて支払を受けることとし、これがために、同年一二月三一日を満期とし三分に相当する金額の手形および翌年三月三一日を満期とし七分に相当する金額の手形でいずれも控訴人の裏書あるものの交付を受ける(但し、第二会社発足したときは第二会社の手形と差換える)ことと決議し、なお、手形受領までは、商品は債権者委員会が保管することとしたが、現実には山義の店舗においたままであつた。

ところが、債権者らは新会社の設立までは待てない、一日でも早く手形を取得して利用したいというので、山下満が翌二五日控訴人にその旨を伝えたところ、控訴人は債権者らの要望をいれて控訴人補助参加人を支払人引受人とする為替手形を振出し、これに裏書して右山下の手を経て同月二七日頃債権者らに交付した。そして、本件各手形は右手形の一部であつた。

以上のとおり認められるのであつて、右認定の事実によれば、控訴人は将来山義の第二会社が成立したときは第二会社が引受け支払うことを予定して山義の債務支払のために本件各手形を振出し、裏書し、山義の債権者らに交付したとみるのが相当であつて、したがつて控訴人主張のごとき約束のもとに本件手形が振出し裏書されたものとはみられない。(なお、右第二会社が不成立に終つたこと《証拠》により明らかであり、したがつて山義の債務も消滅するに至つていない。)原審証人山下満、同大谷健蔵、当審証人田辺義民同渡辺清兵衛の各証言、原審並びに当審控訴人・被控訴人本人尋問の各結果中右判断に抵触する部分があるが右は前認定の経過事実に徴し採用できない。

よつて、控訴人の抗弁は採用しない。

三  権利の乱用の抗弁について

右の認定事実によれば、控訴人は山義の在庫商品の処分売掛金の回収により山義の債務の一割を支払うことができるという見込で右在庫商品や売掛金を決済資金源として本件手形を振出し裏書したのであり、債権者らも本件手形の決済資金源が右在庫商品等であることを熟知して控訴人に要請し裏書譲渡を受けたものとみるべきであるから、右債権者らの一人である椿商店の代表者であつた被控訴人がその責に帰すべき事由により控訴人の意に反して手形決済資金源を喪失せしめたときは、本件手形について遡求権を行使することは権利の乱用として許されないものと解する余地がある。よつて、この見地において検討する。

《証拠》によると、訴外リスボン製靴株式会社が金額五七万五〇〇〇円および二五万五〇〇〇円の約束手形金請求権をもつて昭和四二年一一月二八日に前記在庫商品である靴二八〇〇足を仮差押し、これを搬出したのであるが、被控訴人は山義の役員らに対策を講じさせることなく搬出するにまかせてしまつたことが認められる。

しかしながら、被控訴人が右リスボン製靴と共同して、或いは積極的に協力ないし支持をしてリスボン製靴をして右のように商品の仮差押搬出をさせたことを認めるべき証拠はないから右在庫商品である靴二八〇〇足が控訴人の意に反して山義から逸出したとしても被控訴人を問責するわけにはいかない。なおリスボン製靴の請求債権のうち二五万五〇〇〇円の約束手形金債権は被控訴人も裏書責任を負うものであり、また五七万五〇〇〇円の約束手形金と同額の積立金債権をリスボン製靴が親睦団体三和会に対し有しており右三和会の会計担当者が被控訴人であるということから、被控訴人が責任追求を免れる目的をもつてリスボン製靴をして前記の措置をとらしめたと速断することはできない。

また、《証拠》によると前記山下満は回収した売掛金から控訴人の意に反して前記債権者会議を構成した債権者以外の債権者に支払つたことが認められるけれども、山下満が被控訴人の指示命令に従つて右の支払をしたとみるべき証拠はない。

そして、他に被控訴人の責に帰すべき事由により控訴人の意に反して本件手形の支払資金源を喪失せしめたとみるべき資料はないから控訴人の権利乱用の抗弁もまた採用できない。

なお、控訴人は、被控訴人が本件手形の支払資金源が喪失することを阻止しなかつたから第二会社が設立できなかつたと主張し被控訴人の本訴請求を権利の乱用であるというのであるが、山義の在庫商品売掛金は前記二において認定した事実によれば、控訴人が手形に裏書し債権者らに交付された時期以降においては山義および控訴人に委ねられたものとみるのが相当であるからそれらの喪失を被控訴人が阻止しなかつたからといつて本訴請求が権利の乱用とされるべきものではない。

四  よつて、被控訴人の本訴請求を認容した手形判決を認可した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却

(裁判長裁判官 谷口茂栄 裁判官 綿引末男 宍戸清七)

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